2026年現在、御年71歳(1954年生まれ)を迎えたアクション映画界の生ける伝説、ジャッキー・チェン(成龍)。
古希を超えた今でも現役で、アクションは健在で精力的に活動をしています。

最近では、若い頃の「一重まぶた時代」が話題となり「整形疑惑」が再燃し、若い世代にも知られることにもなりました。
また「シワが目立ち急激に老け込んだ」「白髪だらけになった」という近影がSNSで拡散され、健康不安説や整形メンテナンスの中断、エイジングケアをやめたのか等、ジャッキーの容姿については常に世界中の注目の的となっています。
ジャッキー・チェンの整形にまつわる話は、単なる「若返り」や「虚栄心」のためのものではありません。
そこには、一人の売れない俳優が、いかにして「アジアの顔」から「世界のスター」へと登り詰めたかという、壮絶なキャリア戦略が隠されています。
今回は、ジャッキーの整形疑惑である「二重手術」の真相から近年の激変の理由まで、徹底的に深掘りしてみました。
- ジャッキー・チェンの二重まぶたへの整形について
- ジャッキーの激変した姿について
ジャッキー・チェンの整形疑惑に言及
最近ですが「ジャッキー・チェンは整形」ということが、中国のネットで話題になりましたね。
このことは、ジャッキーが大ブレイクをした`80年代の頃からずっと話題になっていました。
令和の時代になって、若い世代のファンは知らなかった方も多いようです。
なぜ「整形をした」といわれるようなったのでしょうか?言及してみました。
少林寺木人拳の顔つきに違和感が!
「ドランクモンキー酔拳」「スネーキーモンキー蛇拳」でブレイクを果たし、日本でも80年代初頭にジャッキーブームが到来していました。
するとブレイク前の作品も次々へと公開されていき、そんな中で「少林寺木人拳」がテレビ放映されると、ジャッキーの顔つきに違和感を感じました。
それは目元がキリっとした「一重まぶた」だったからです。

ブレイクした酔拳や蛇拳の頃から四半世紀以上前の出来事とはいえ、激変した顔立ちから「整形をした」という噂が浮上しました。
息子ジェイシーチャンが似ていない??
近年、ジャッキーの息子である「ジェイシーチャン」(房祖名)が、両親にあまり似ていないのでは?ということも話題なったこともあります。

ジェイシーの母は台湾出身の女優ジョアン・リン(林鳳嬌)です。
両親が二人とも二重なのにジェイシーは一重まぶたで細い目つきをしています。

しかし、こうしてみてみるとジャッキーの一重の頃と比べるとよく似ています。
これは「整形をした」ことが顕著の表れでおり、遺伝子は確実にしっかり受け継がれていますね。
これらは一例ですが、ジャッキーチェンの整形は確実です。
- ジャッキー・チェンは整形しています。
初期のジャッキーの「一重まぶた」の時代
ジャッキー・チェンのキャリアは、決して順風満帆ではありませんでした。
彼は、7歳の時に全寮制の中国戯劇学院に入学し、京劇や武術を学び、優秀なエリート子役集団「七小福」のメンバーとして、活躍しました。
先輩にサモハンキンポー(洪金宝)、そして後輩にはユンピョウ(元 彪)がいました。
しかし、京劇は時代とともに衰退していき、七小福のメンバーはアクション映画のスタントマンとしてシフトしていきました。
ジャッキーもその一人であり、スタントマンをしながらも「陳元龍」という名で俳優デビューをしていましたが、鳴かず飛ばずでした。

1973年、伝説のスターであるブルース・リー(李小龍)が急逝し、カンフー映画が下火となり、多くのスタントマンが職を追われている状況下でした。
香港映画界は、第2のブルース・リーを探すことに躍起になっており、そこで白羽の矢が立ったのが、ジャッキー・チェンでした。
この頃のジャッキーは失業状態であり、オーストラリアに住む両親の元で、映画と無縁の建設現場で左官業をしていました。
映画監督のロー・ウェイは、そんなジャッキーを香港へ呼び寄せ、ブルース・リーの正統後継者として、芸名を「成龍」として積極的に売り出そうとしました。
当時の顔立ちと評価
初期の作品「少林門」「少林寺木人拳」「新・怒りの鉄拳」を見ればわかる通り、当時のジャッキーは現在とは印象が全く異なる、キリッとした「一重まぶた」でした。

しかし、結果としてこれらの作品はヒットしませんでした。理由は明確です。
いくらジャッキーのアクションが優れていても、所詮はブルース・リーの二番煎じであり、
模倣としかみられてなかったからではないかと思われます。
また、当時はブルース・リィ、ブルース・リ、ドラゴン・リーといった、そっくりさん俳優による粗悪な作品がどんどん公開されていて、観客は食傷気味でうんざりしていたのではないしょうか。
自分はブルース・リーのような「完璧なヒーロー」ではなく、もっとコミカルで身近な普通の男を演じたい!という想いが常にありながらも、ローウェイ監督の「シリアス路線」を演じるジャッキーの気持ちとアンマッチであり、映画はヒットしませんでした。
僕は「次のブルース・リー」になりたいなんて思ったこともない。
引用:「I AM JAKIECHAN」より
僕は「最初のジャッキー・チェン」になりたかっただけだ。
- 「一重まぶた」のジャッキーはブレイクせず「残念な俳優」でした。


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